Hiromi

ヒロミはバランス感覚にも問題があり、あまりにも頻繁に何もない所で転ぶので、そのことを家族は不思議に思っていたようでした。広場で遊んでいる時に誰かに呼ばれると、ヒロミは顔を上げると同時に転倒するのです。また、目を細めることができないので、砂場で遊ぶといつも砂が目に入るのでした。

ベッドの上を飛び跳ねても2〜3回ジャンプしただけで疲れてしまうし、どの方角に祖父母の家があるのか覚えることも困難なようでした。何度も何度も息を吹きかけないとロウソクの火を消すことができず、甘いものよりも塩辛い食べ物が好きでした。


大きくなっても言葉による表現は苦手なようで、ブランコをもっと高く漕いで欲しいと父親に伝えたり、トイレに行きたいと母親に知らせることさえもできませんでした。ヒロミの意思伝達は、言いたいことを伝えることよりも、むしろ質問にイエス・ノーで答えることに頼っているようでした。

言葉の発音は不明瞭で、大体において不正確で、特に正しく舌を動かさなければ発音できない子音はうまく言えないようでした。3歳になる頃にはすでに13本もの虫歯があり、その多くは弱い頬の筋肉が食べ物を歯の上に押しやることができず、そのまま頬と歯の間に挟まったためにできたようでした。


1992年にナショナル・ジオグラフィック誌に掲載されていたある記事を読んだ私は、ヒロミとヒロミの弟が完全型の胎児性アルコール症候群(FAS)を患っているのだと思うようになります。ヒロミは滅多に泣かない「いい子・大人しい良い赤ちゃん」だといつも言われていたことから、FASの中の 『ハイポアクティブ(過少行動)』と呼ばれるタイプに分類されるようです。大きくなった今でも静かでおとなしい子と言われています。 完全型のFASを患っていると診断された子供のほぼ20%がこのタイプに入ります。

数年後に生まれたヒロミの弟は、しかられても一向にこたえず、物を壊すなどの行為に及ぶといった、(『ハイパーアクティブ(過度行動、多動)』) FASの中でもより破壊的なタイプに分類されます。弟は家族に「頑固者」と呼ばれていますが、どちらかというと彼の行動は、 口頭による指示や言いつけを理解する能力が欠如しているために指示に従うことのできないFAS児のそれに酷似しています。自覚してはいないようですが、成長過程においても彼のそういった短時間しか続かないけれども激しい攻撃性は、ことある毎に見られました。 それは今でも変わっていません。

二人とも現在は学校に通っています。ヒロミは、きっちり組織化された公立の学校で平均レベルを保っていますが、人が大勢集まる所(群集)を嫌い、周りからの刺激があまりにも強いとふさぎ込んでしまいがちです。 先生と問題をすでに起こしている弟は、落ち着きの無い彼の行動にもっと細心の注意を払えるだろう、先生と児童数の比率が低い私立の学校へ転校させられるようです。


※文中に使われている個人名は一部を除き仮名となっています



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