Hiromi

ヒロミが成長するにつれ、もっといろいろな変わった問題が見られるようになります。立っている時、または座っている時に突然お辞儀をするのもその一つです。物をつかむことも苦手で、誰かがオモチャを目の前に差し出せばつかむことができるけれど、自分の目測で物をつかもうとすると、実際に目的のものに手が届くまで数回は宙をつかむのです。自分の両足を掴むにも、まず右手で左足をつかみ左手に持ち替えてから、右手で右足をつかまないといけませんし、両手の親指と人差し指は、他の3本の指とは全く違う動きをするので、特に掌を下に向けた状態では思うように指を動かすことができないようでした。

ヒロミの「這い這い(はいはい)」も少し変わっていて、体の片方は手と膝で、もう片方は膝を宙に浮かせたまま手と足先を使って這うので、まるでバランスの悪いウサギが飛び跳ねているように見えるのです。また、肘掛けかテーブルに捕まらないと椅子に座っていることもできませんでした。


ヒロミの凝視癖が始まったのは、生後9ヶ月のことでした。突然動きを止めると、少し首を傾げた状態で、じっと何かを見つめるのです。また、目を大きく見開いたまま身体をよじったりピクピクさせた後、ぼんやりした顔で振り返ったと思うと、そのままの姿勢で涎を垂らしたりもしました。よく涎を垂らすので、母親は10枚ほどのよだれ掛けを持ち、いつもヒロミに付けさせていました。

頭を片方からもう片方に傾けて、どんよりした目をギョロギョロと動かすのもヒロミの癖でした。ヒロミがそうやって奇妙なしかめっ面をするので、家族は彼女が“オドケている”と笑いましたが、当のヒロミはその「滑稽な」表情を拭い去りたいかのように、顔をゴシゴシと擦るのでした。そういった「発作」は数秒間しか続かず、6歳になる頃にはいつの間にか起きなくなっていました。

基本的には、赤ちゃんの典型的なマイルストーン自体にヒロミがそう極端に遅れをっていたわけではありません。 寝返りも、這い這いも座ることも、通常より少し遅れただけで「正常」範囲内でした。しかし、社交性の出てくる段階になるとそういうわけには行きませんでした。ヒロミが微笑し始めたのは生後3ヶ月と遅く、「キャッキャ」とか「クスクス」といった赤ちゃん特有の笑いはまったく見られませんでした。

赤ちゃん特有の『自分の両手を目の前に持ってきて遊んだり、キョロキョロと周りを見渡したり、家族のすることに興味を示したりする』ことは一切無く、いつも静かに黙っているのでした。じっと座ったままテレビを見つめることがヒロミの一番好きな時間の過ごし方のようでした。積み木やオモチャで遊ぶ時も他の子のように熱心になるわけでもなく、自分から大人と交わろうともしませんでした。他の赤ちゃんと一緒に遊ぶといった興味や意思表示もほとんどなく、動物と接する時も単に見つめるだけにとどまるといった具合でした。


ヒロミの外姿もまた少し変わっていました。普通、3歳になる頃にはおよそ3頭身にまで成長するものですが、ヒロミの場合は5歳になってもまだ2頭身ほどしかなく、まるで赤ちゃんのようなのです。腕は短く、頭の上で手を合わせてもようやく指先が付く程度でしたし、肩はまるで骨と皮だけのように見え、三角筋が欠落しているかのようでした。お腹はといえば、筋肉がまるで無いかのようにボテッと弛んでいて、奇妙なことに、特別くすぐったいわけでもないのに、胴回りがタイトな服をヒロミは極端に嫌がりました。お尻には肉がほとんど無く、そのためヒロミの脚は身体から直接生えているように見えました。脚は太く筋肉質のようでしたが、膝や足首といった関節が異様に小さいので脚全体が「砂時計」のように見えるのでした。

腹部に関する問題はトイレのしつけにも及び、ヒロミは5歳になってもおねしょや失禁の癖がなおりませんでした。これはもしかすると言葉によって感情表現ができないこと
(表出性言語問題)も、原因の一つだったのかもしれません。 (多くのFAS児に失禁症が見られる事が分かっており、弱い筋肉が原因であったり、トイレに行きたいと感じることができなかったり、神経系的な感覚にも問題があるためではないかと言われています。) 実際ヒロミは「用を足したい」と感じることができないので、事前に家族にその旨を伝えることもできないのでした。 (もしかするとこれは精神作用の問題だったのかもしれません。) ヒロミの弟も、6歳になる頃まで立って用を足すことができませんでした。


(3へ続く)


※文中に使われている個人名は一部を除き仮名となっています


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